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アメリカ留学決定の最近のブログ記事

scan0006.jpgそれは1993年7月だった。
たまたま受けた文部省交換留学生選抜試験に合格した。
当時私は大学3年生(31歳)、妻を持ち、二人目の男の子に恵まれたときだった。
次男はわずか3ヶ月、文部省から出る渡航費と学費は自分の分だけ・・・
しかし、家族をおいて旅立つことはサラサラ頭にはなかった。
もちろん、親なんて頼ろうとは思わなかった。

当時自分がバイトをしていた塾(弘前市城東書院)もやめなければならない。
塾長に留学生選抜試験に合格したことを告げ、塾をやめなければならないことを告げた。
普通であれば、そこで話は終わり、塾長は次の働き手を探すだろう。
しかし、塾長は喜んで、「あ~、行ってきたらいい。いい経験になる。家族の生活費も無利子で貸してあげるから。」
喜びと同時に、塾長の懐の広さに頭を上げられない思いだった。

こうして9月家族はアメリカへ旅立った。
孫を見れなくなる両親は寂しさと、海外での生活に心配を募らせていた。

行き先はアメリカ サウスキャロライナ州 コロンビア、
学ぶ大学はサウスキャロライナ州立大学 専攻はTESOL
(第二外国語として英語を教えるための指導法習得コース)

私たちは成田空港へ向かった。

私は荷物を持ち、
妻は次男を背中におぶり、2歳の長男の手を引いていた。